第1話 始まりの事件 06



「なんだなんだ~?お前たち凄いガチガチじゃないか?」


そう言って、部長との対面したときに見せた二人の初々しい反応が面白おかしかったようで、ゼオンはニヤけた表情をしながら二人の肩を叩く


「う、うるさいぞシートベルトのくせに」

「いーかげん慣れねーとって思うんだけど、お偉いさんに話しかけられるとつい…」


普段の様子を知る二人のギャップの差に笑いながらゼオンは年長者としての余裕を見せながら、妹たちを抱き寄せる


「なんだかんだ言っても、慣れないうちは緊張するわな!オレも四年くらい前まで同じようなかんじだったし」

「おまえでもそういうときがあったのか…」

「まあな」


そのまま話をしながらホールの突き当たりにあるエレベーター前まで歩いて行くと、上の階に上がる為に扉横のボタンを押して、エレベーターが降下するのを待つ

彼女達の目的地ーーCIC軍兵事務エリアラクナ司令室受付所は5階にある為、エレベーターに乗り込んで上階へと上がり、更に先へと歩いていく

やがて目的地である司令室受付所の扉を潜ると、眼鏡をかけて目の下にクマができた不健康そうな男性に出迎えられた


「三人ともお疲れ様。先程依頼者の方から電話を頂いたけど、大変満足そうにしていたよ」


男性はトーンの下がった力の無い声で三人に労いの言葉を並べながら受付所の座席を立つ

その動きは力が入っておらず、小さくではあるが肩が左右にゆっくり揺れており、まるで振り子の動きを彷徨わせるようにフラフラしていた

ゼオンはそんな男性の顔色を中腰の姿勢を取って心配そうに伺う


「お疲れ様です司令。なんか何時も思うけど、大丈夫?」

「ん…?」

「体調」


ゼオンの心配をよそに男性はゼオンへと向けていた視線を外してゆっくりとその場の座席にある引き出しを開ける

同時にゼオンの左右からアーシェリとシェリエールがそれぞれのリアクションをとりながら容赦のない冗談を口にしていた


「体調がわるいのはいつものことだろ」

「享年20歳だな」

「それ…私死んで10周年迎えていることになるよね…」


下の階で鉢合わせたライマルカ部長とは違って目の前にいる直属の上司である軍兵管理課課長兼事務司令兼九人姉妹の所属部隊Multi legged Soldier司令ラクナ・シデルマーズに対して二人は冗談を交えた言葉を遠慮なく放つ

上司と部下としての付き合いが長く彼の兼ねてより親しみがある故にお互いに遠慮なく物言いができる関係

しかし、上司としては全く尊敬していないようだ

ラクナは座席に座ったあと受付机の中を漁りだしては一枚の紙を取り出して、近づいてきたゼオンに手渡す


「ところで、今日の任務で何かおかしなことはあった…?」


尋ねられたゼオンは一瞬、森の麓で見かけた『天使』を思い出すが、口を開く前に言葉を飲み込んだ

口を噤むゼオンの隣でアーシェリが変わりに応じて報告する


「森の中にあるトラックの流通ルートの通りに廃館があったんだけど、『ピーヌス』が集団で屯してたぜ
野生のあいつらが群れてるところを見たことねーんだけど」

「……なるほど……」


その言葉に思い当たる節があるのか、ラクナはゆっくりと立ち上がり、後ろの棚にあるファイルを漁り出す

いくつかあるファイルのの中から目的のファイルを手に取ると立ったままファイルの中の紙を一枚一枚見渡し始めた


「今週に入って3件目か…」


そのファイルの中には被害届や任務の依頼書や地図などが閉じられており、ラクナの呟き通り、今回の任務で見た『ピーヌス』の群れを見た事と似た事例が幾つかあったのだろう

確かに『ピーヌス』の目撃情報は最近になって多発していたものの、数多くの個体が一箇所に集まっている現場を見かけたのはアーシェリ達にとっては初めてだった


「しっかしなー…なんで最近になって…
奴らが近くでバラついて現れたのは見たことあるんだけどなー」


自然と窓の外にギラギラと輝く繁華街の都市の様子を見ながらアーシェリは呟く

ラクナは暫く間を開けた後、机の引き出しから地図を取り出して三人の前に差し出した


「とりあえず…一通りその廃館のことを教えてくれないか…?」


気怠げな動きながらも真剣な眼差しをしたラクナに聞かれて三人はそれぞれ彼の質疑に答え始める

ー『ピーヌス』と遭遇した正確な場所、時間、その数、その他詳細等ーー

何時も表情すらもボーッとしている彼を知っている三人にとって、その表情を見るに今回の任務で起こったことはあまりよろしくない状況なのだということを理解した


「…聞くべきことはこれくらいか…」


そう呟くとラクナは開いたファイルや地図を閉じて、元の場所にしまい、再び席に座って三人に呼びかける


「三人ともすまない…時間を取らせてしまったね…」

「いや、別構わないが」

「うん」

「つーか、何か気になることでもあるのか?」


また、さっきまでのように暗く気の抜けた表情に戻ると、ラクナは暫く頭を掻き毟る


「…あると言えばあるけど、この件についてはこちらで調べて追々教えるとするよ…」

「追々って…?」

「正直に言えばよくわからないことばかりからね…ある程度情報がそろったら…こちらから伝えよう」