第2話 悪魔の操り手 01



目覚めはあまり良くなかった

昨夜会社で挨拶を交わしたライマルカの意気揚々とした笑顔と彼が殺された事件のニュースが繰り返し頭の中で巡り続けていて、他の姉妹が就寝する中、正午を超えても悶々として眠りにつくことが出来なかった

ようやく寝付けたのはゼオンが記憶している限り午前3時以降

そして眠りから覚めてベッドから腰を起こした時は時計の針は午前8時過ぎを示していた

縦三列、横三列で合計九つのベッドが並ぶ寝室から、いかにも眠そうに目を半開きにしながら退室したゼオンは歯磨き、うがいをして髪を整えるとリビングへと足を運ぶ

そこには既に戦闘服に着替え終えてテーブルに座っていたセレーラルと緑色の前髪で右目を隠した少女、『九人姉妹』の六女マレーシャ・ジークフリートが無表情で静かにサンドイッチを頬張っていた


「おはよう、ゼオ姉!今日はあまり眠れなかったみたいだね」

「おはよう、なんでそんなことを?」


セレーラルと挨拶をした後、ゼオンは二人に近い席に座り、朝食として用意されたであろう目の前のサンドイッチを勢いよく手に取る

その勢いで中身のマヨネーズがはみ出してゼオンの右手にかかり、彼女はサンドイッチを掴んだまま、はみ出たマヨネーズをキッチンカウンター上のティッシュで拭き取る


「シェリーにも昨日、ニュースのことを話したんだけど全然眠れなかったらしくて、ついさっきまで起きてたんだよね」

「なんだかんだ言ってもあいつはまだ十三だからな…」

「それでゼオ姉が遅くまで眠れなさそうにしてたって言ってたから、実際眠れてないのかな…と」

「ああ…」


ゼオンはセレーラルとの会話に相槌を打ち、辛気臭い話は終わりだと言わんばかりに勢いよくサンドイッチを頬張ると、まるでお決まりの様にすぐさま喉を詰まらせて椅子に座ったまま苦しそうに悶え始めた

「むごっ!?」


「ちょっと、ゼオ姉大丈夫!?」

「・・・・」


その様子を隣で見ていた緑髪の少女は自分の手前に置いてある飲み物の入ったコップを眉一つ動かすことなくゼオンに手渡し、飲み物を受け取ったゼオンはすぐに飲み物を飲んでサンドイッチを流し込むと、顔を歪ませながら勢いよく立ち上がった


「おえっ!!う……これ、トマトジュースじゃないか!!うぇっ!!」


そう言って口を押さえて嘔吐する仕草を何回か繰り返しながらキッチンまで移動したゼオンは水道水をコップに注いで直ぐに飲む

そう、ゼオンはトマトジュースが大の苦手だった


水道水でトマトジュースの味を口直しするゼオンの行動を前にセレーラルはゼオンが口をつけたトマトジュースを飲みながら、煽るように含み笑いをしていた

その様子に不貞腐れたゼオンはそっぽを向いて拗ねる

その反応にセレーラルはニヤけ面を隠すことなく煽りの言葉を放つ


「いやあ、中々面白いものを見せてもらったよ。
ゼオ姉、それは何てコント?」

「面白くてよかったな!お陰様で目が覚めたよ!」


ゼオンの一連の行動から二人のやりとりを一切気に止めず、マレーシャは冷静に落ち着いた仕草でサンドイッチを食べ続けていた

マレーシャの隣の席に再び腰をかけたゼオンは同じことを繰り返さないように、ゆっくりと残りのサンドイッチを食べ始める


「そういえば今日はオレとセレーラルとマレーシャの三人で任務だったな」

「そうだよん、確か今回は会社からの私たちMLS宛の調査任務だったね」


サンドイッチを口に含めたゼオンは口を開く代わりに頷きながら昨日の任務や事件のことを思い出していた


「あとはキル姉とルリ姉とフィオリンも三人チームを組んでの任務だけど、三人の出勤は早いからもう出て行っているよん」

「寝室にはアーシェリもいなかったが、アイツはどうしたんだ?」

「今日は非番らしいから一人地下でトレーニングしてる」

「なるほどな」


この場にいない六人中四人の状況を聞いたゼオンは廊下方面に目線を配せながら話を続ける


「そしてアウリとシェリーはまだ寝てる…と」

「二人とも今日は昼から通信教育だけど、このままじゃシェリーが寝不足になっちゃうね。
開始時間にはアウリが起こしてくれそうだけど」

「それまではゆっくり寝かせてあげるしかないな」


暫くしてサンドイッチを食べ終えたゼオンは即座に両手を合わせ


「ごちそうさま!」


と一言言うと、その隣でマレーシャも同時に食べ終えて


「…ごちそうさま…」


とゆっくりと目を瞑って両手を合わせてから釣られるように言った