第3話 百年前の残滓 02



エーゼルーシュとの一悶着を終えたクラスタスは赤く強い眼光を放ちながら、赤黒く蝋燭の橙色に包まれた廊下を静かに歩き続ける

表情こそは眉間がシワ立っていた先程より落ち着いているように見えるが、一歩一歩廊下を踏みしめるごとにその両眼から放たれた赤い残光が彼の内なる感情を表すかの如く、少しずつ強く光っていた

そうして階段の踊り場に出ると、吹き抜け部分の上の階から炎のような赤い霊気を纏い、骨のような巨漢で細身の体を持つ悪魔が下の階にいるクラスタスを覗き込む形で顔を出す


「クラスタスさん、またエーゼルーシュ様に抗議してきたんですか?」

「ああ…」


側頭部の左右に大角を持つ大柄な悪魔ゲーデルゲ・ガルナはその姿を確認すると胸部に肋骨めいた形の外角を持ち、その中心に赤く丸い核を胸に抱えている姿をしており、階段をゆっくり降り始める

下の階にいるクラスタスはゲーデルゲの姿を確認すると強く光っていた眼光を鎮めて、上の階へと足を運んでいく


「結局無駄足だったがな、もうしつこく抗議することすら馬鹿馬鹿しくなってきたとこだ」


「いつも言っている『昔の魔界を取り戻す為』ってやつですか…昔ってそんなに凄かったんですかね?私は昔を知らないのであんま良くわからんのですが」


クラスタスは真剣な顔つきのまま、吹き抜けの二階でゲーデルゲと合流し、再び長い廊下を歩きながらゲーデルゲからあっけらかんとした口調で質問されたクラスタスは更に怒りを宿した

詳しく言えば、その怒りの源は昔の力ある魔界の素晴らしさが浸透されていない今の現状に対してなのだが


「かつては悪魔個々の能力が今より遥かに高かった それこそ、今の俺の力でも幹部クラスに全く歯が立たないくらいにな
その力を持って人間共を震えあがらせて『瑠璃世界』の二割を領地にしていたくらいだ」

「魔界最強のクラスタスさんが全く歯が立たないって…」

「あの時はそれほどまで凄かったんだよ
あの『バケモノども』が現れるまではな」


そう語るクラスタスの顔はかつての過去を忌み嫌うように歯軋りを響かせながら廊下の先を睨んでいた

あの時こそが『魔界』を破滅に導いた瞬間だと、100年以上生きているクラスタスは当時の地獄を連想する


「『バケモノども』…ザヴァルグとその親衛隊の『鎧悪魔』ですよね」

「ああ、そうだ…」


クラスタスは目的地である自室の前に立ちながらドアノブに手に取るも扉を開く訳でも無く、昔を思い出しながらドアノブに感情を込めながら力強く握ったままその場に立ち尽くす

彼の後ろ姿を目の当たりにするゲーデルゲはそのままじっと黙り込む
なにせ100年前の戦争は魔界にとって余りに壮絶な事件でゲーデルゲも何度も小耳に挟んだことはあるが、内容を初めて聞いた時の驚愕は忘れようもないものだった

その当事者の一人であるクラスタスにとっては尚更だった筈だ

しばしの沈黙の後、一息つきながらドアノブを回して部屋の中の椅子に腰をかけたクラスタスの後に続いてゲーデルゲも入室する


「100年前のあの時、ザヴァルグの攻撃で悪魔の大半を失い、その『親衛隊』の連中に魔界の実権を握られた
残された悪魔は奴隷のよう働かされ、『親衛隊』の連中は自ら『琥珀世界』や『瑠璃世界』相手に戦争をけしかけたんだ」


話の中に府に落ちない点があったのか、壁に腰をかけたゲーデルゲは唸るように首を傾げる


「話には聞いたことはありますけど、その残された連中は戦争に動員されなかったんですか?」

「少しはな、特に裏切りの兆候がある悪魔を現場に動員し、わざと裏切らせて放置していたんだよ
そのくせ、やることは敵対国を煽るような戦争ばかりを起こしてわざと敵を増やしていた」


おかしな話だろうーー?という表情を含んだ顔をゲーデルゲに向けて苦笑する

そのゲーデルゲは最早100年程前に過ぎた事情でありながら今抱えている悩みのように語る彼との温度差にこそばゆさを感じていた

まるで昔を知る力ある悪魔と、昔を知らない平和な時代を生きる悪魔の差を表すように


「なんかやる事が無茶苦茶ですね
魔界を滅ぼせるような連中にしては行動に一貫性がないというか…」

「そうだな、普通の観点から見れば奴らの行動は異常性に満ちていたものだった…あの時期、常に奴らの近くにいたオレでさえ、奴らの目的が分からなかったくらいだ」