第3話 百年前の残滓 04



雲一つない快晴の下、太陽の光に照らされて神々しく輝くように光が反響している都市の中

見覚えのある都会と繁華街を見下ろしながら薄水色の患者服姿のセレーラルは、ある建物の廊下の中で窓越しに右手を頬に当てながらため息をついていた


あの後ーーー
黒角の悪魔が姿を消してから直ぐに、後続部隊が来てくれたが、ゼオン、セレーラル、マレーシャ共に体を強く打たれてまともに歩ける状態ではなかった為、すぐに本部へと連れ戻された

その頃には何とか立つことができる状態まで回復していたが、五体満足に動かせず診療及び暫く安静にして今に至る


今まで戦いという戦いはピーヌスのような下級悪魔の退治ばかりで殆ど負け知らずだったのだが、あろうことか今回は殆ど一方的に弄ばれた戦いだった
もし相手が自分たちを殺す気だったら既にこの世にはいなかったことは間違いない

そう思うと九死に一生を得たような地に足がつかないような浮遊感に襲われたような感覚がしていた

いつも飄々としている彼女ではあるが、一人ぼーっとして今日の戦いのことを時折思い出しては悲痛な面持ちで視線を遠くへと飛ばしたまま、ため息をつく

今となっては痛みは殆ど引いて、ある程度歩き回ることができるようになったものの、動作を繰り返すばかりで、その場から動く気力が持てなかった


「はぁ~……」


おそらく十回以上繰り返したため息だが、いくら繰り返しても一向に彼女の気分が晴れることはない

このままじゃいけないと、セレーラルは落ち込んだ気分を打破するために大好きなレトロなシューティングゲームを無理矢理想起させて頭の中でプレイする

しかしすぐに自機が破壊されて、結局はあの悪魔の姿を思い出してしまっていた


「はぁ~……」


そうやって落ち込み続けていると、真後ろにある診療室の扉が開いてゼオンが姿を現す

振り返って姿を確認したセレーラルは落ち込んだ内面を抱えたまま、外面だけいつもの態度へと取り繕っていつも通りの仕草でゼオンの身を案じる


「やぁ、ゼオ姉!お体の方はもう大丈夫そうかい?」

「ああ、バッチリとは言えないが暫く安静にすれば大丈夫だとさ!」


対するゼオンは両腕を上げてマッスルポーズをとって笑顔で返事をするが、やはり表情や仕草は少しぎこちなく、その笑顔も多少引きつっていた

二人のやり取りの後ろでマレーシャも診療室の中から歩いてくるが、いつも通りの無表情であるものの肩を落として脱力しきっており、前へ進める足に力が入っていなかった

セレーラルやゼオンと違って酷く落ち込んだ姿を晒しており、診療室の扉の縁に肩をぶつけ、そのまま歩いて廊下の壁に激突して尻餅をつく


「……」


心無しにやりきれない状態のマレーシャを見ていた二人は取り繕っていた笑顔が保てなくなり、徐々に悲痛な面持ちに変わっていく

この暗い雰囲気を変えて元気付けしなければと、セレーラルはため息をつきそうな口をつぐんで、景気付けの為に勢いよく右手を挙げてマレーシャに労いの言葉をかけようとしたとき、ゼオンが二人を引き寄せて強く抱きしめる


「うおっ…ゼオ姉?」

「……」


突然のことに目を丸くするセレーラルとマレーシャだが、ゼオンが強く目を瞑って浮かない顔をしているのを見て、つい言葉を失った

その顔に映る眉下に出来たシワの強さから、彼女があの悪魔との戦いのことで非常に強く思い詰めていることは察しがつく


「ごめんな、本当なら一番上のオレがしっかりしなきゃならないのに、お前達にこんな痛い思いをさせてしまって…」


ーー例えどれだけ訓練しても自分一人だけでどんな敵も倒せると思うなーー


セレーラルはかつて兵士になって間もないとき、ゼオン自身にそう言われたことを思い出す

次々と任務を成功させていっても、甘く見ることなく常に気を張って警戒心を忘れることないようにーーーと


だからこそ、確実に負けない為に姉妹同士でのコンビネーションに重点を置いた戦いを主流としていたし、戦場に出る兵士としてある程度怪我を負っても仕方がないことだと割り切ることができていた


しかし、今回は殆ど一方的に負けていた上、相手によっては妹二人が殺されていたかもしれないという『長女』としての重みがゼオンにのしかかっていた

そのこともあって、彼女は気持が割り切れずにいるのかもしれない


「…ごめんな…オレ、もっと強くなるから」


そんなゼオンを見せられてセレーラルは対照的に頭の中にあるモヤが少しずつ晴れてくのを感じていた

ゼオンを勇気付ける為なのか、自分をしっかりさせる為なのか…セレーラル自身にもわからなかったが、気がついたら挙げていた右手をゼオンの背中に回して抱き返していた


「私たちはどんな敵にも負けないような、最強の存在にはなれないーー」


その言葉は決して皮肉では無くーー


「だからこそ、例えどれだけ訓練しても自分一人でどんな敵も倒せると思うなーー」


諦めでもなく、かつてゼオン自身が口にした『九人姉妹』という形の言葉


「私たちはチームで最強になるーーそのための『九人姉妹』だと」


その言葉に今度はセレーラルが新たな標を上乗せして


「そうでしょ?ゼオ姉!だからさーー」


『九人姉妹』として戦いの決意を固めていく


「今度は絶対に負けないよ!」


その為にも今度こそ負けないと、ゼオンに優しく、強い気持ちを乗せて語りかける


「……ああ、そうだな!」


その言葉を聞いて、かつて強い気持ちを持っていた自分を思い出し、苦笑を返してゼオンは自然と体に生気が宿っていくのを感じていた