第3話 百年前の残滓 08



「私の判断でろくな調査も出来ないまま、君たちを危険なところに送り込んで本当に申し訳なかった」


悪魔の襲撃に対して迅速な対応で事態の収束をする為なら上の判断ひとつで兵士である自分達を危険な場所に送り込まれせて当然のこと

ゼオンたちはそれをを重々理解しており、そのことについて咎めるつもりも、勝手な判断として指摘するつもりも全くない

ましてやゼオン達九人姉妹は少数で迅速に対応する能力者部隊『MLS』の兵士だ

しかし、目の前のラクナという男は自分の部下達を最前線に送り込んで、危険な目に合うことをわかって判断を下すものの、それを仕方ないの一言で片付けられる図太い男ではなかった

強く心配してくれている嬉しさを感じながらゼオンは軽い調子でラクナを諭す


「大丈夫!オレ達は女の子だけど、仕事である以上はちゃんと弁えてるし、この通り元気だから気にしなくてオーケーだ!」

「私たちは女の子だけど、ゼオ姉は女の子じゃないよね~!二十歳だし」

「そーだな、ラルの言う通り!」

「…そのとおり……」


「お前らそういう下らんことで一致団結するなよ!」


ゼオンと彼女を煽る三人の妹達の様子を前にラクナは下げていた頭をゆっくりとあげ、感謝の言葉を付け加える


「そうか、ありがとう」


感謝の言葉を言い終えると、ラクナはしっかりとした顔つきで背筋を伸ばしていた姿勢から一転、肩の力をあからさまに抜けきって顔をから正気を抜け落とす

ふざけているのではないのだが、先程の謝罪がまるで冗談だったと思わせるぐらいの普段の彼らしいだらしなさが表面に現れる程、ラクナは彼女たちの気前の良い返事で気持ちが和らいでいた


メリハリがつきすぎだろーーー
と、突っ込みたいくらいだったが、真剣な謝罪の後故、水を刺したくなかったゼオンは黙っておいた


「それで、任務のことについてだが…君たちの奮闘と、ある悪魔の助太刀のお陰で、重傷者や死者は一人も出なかったそうだよ」

「そうか」

「もちろん、キミたちが保護した男性もね」


ゼオンは一瞬、『ピーヌス』の前で倒れていた、先日の任務の依頼者である初老の男性の顔を思い浮かべ、彼もまた無事だったことに安堵する

男性を抱えたときに外傷が殆どなかったことを確認し、セレーラルが安全な病院へ移動させたとしても以降の経過を知らなかった彼女にとって今の今まで頭から離れなかったが、ようやくその蟠りがなくなった


「あのー…」


その横でセレーラルは恐る恐る挙手して、疑問を胸にラクナに一つ伺う


「悪魔の助太刀って…どっかの悪魔が助けてくれたの?」


恐らく、セレーラルだけではなくマレーシャや実際に任務に赴いていないアーシェリでも同じことを思っただろう


「近隣住民の話によると…ピーヌスの襲撃から逃がている最中に現れて、何体か倒してくれたという証言があったんだ…」

「……」

全ての悪魔が魔界に住んでるわけではないこの『瑠璃世界』の中に蠢くピーヌス達もいれば、うまく人間社会の中に溶け込んでいる悪魔達や『九人姉妹』のような先祖に悪魔を持つ者も存在する

彼の言葉から、そういった者が慈善で助けてくれたのかと思うとセレーラルは頼もしく感じていた

そしてセレーラルに次いで今度はアーシェリが後頭部に両腕を組ませてラクナに問う


「その悪魔の風貌は聞いてねーのか?」

「聞いてるよ…」


質問を受けたラクナは「えーっと」と呟きながら胸ポケットから黒い手帳を取り出してページをパラパラとめくりだす


「話によると、黒いフード付きのコートで、紫髪をした二本の黒い角を頭部の左右に生やしていたそうだ…」

「は…?」


質問の返答を聞いたアーシェリはその内容に首を捻らせていた

確かついさっき聞いたことがあるような…と思って周りの様子を見てみると…
ゼオンとセレーラルは口を開けたまま目を見開いて驚愕をそのまま表した表情をしており、マレーシャも顔は俯かせたままであったが、まるで石になったかのように完全に硬直していた


「な、なぁ…お前らが戦ったって言う悪魔って確か…」

「あ、ああ司令が言った悪魔の特徴と一致してるやつだ…」

「じゃあ、何かの行き違いで戦うことになっちまったのかよ?」


アーシェリの問いかけも最もであり、今思えばゼオン自身、あの悪魔が現れたときは、あの悪魔がピーヌスを操っているものだと最初から決めつけていたかもしれない

あやふやとなっていた記憶の整理ができず、誰一人として確たる回答を断言できなくなっていた