第3話 百年前の残滓 01



前面に青空が広がり、背後には所々炎のマークが彫り描かれた赤いレンガ造りの壁がある『魔界』にある建物のテラスにて
灰色の制帽を被り、同じ灰色のスーツを着た色白で青年の風貌を持つ悪魔、クラスタス・アルバウスは、眼前にいる大きな骸骨の姿の悪魔に抗議をしていた


「また同盟による共同作業での情報公開ですか!」

「ああ、どうやらあちらの世界で『ピーヌス』が集団で暴れているということでこちらの手勢で奴らを集めて一網打尽にしてほしいとのことだ」

「そして、その要望に応えた…と?」


表面に艶がでており、傷一つない綺麗な椅子に座って青空を見上げる骸骨姿の悪魔ーーー
頭部の後ろに湾曲した二本の角を持ち、金属製の杖と派手なローブを身につけた現・魔界の王エーゼルーシュ・シャオラギネに対して一切の苛立ちを隠すことなく抗議を続けるクラスタスは、その横顔に対して鋭い眼光を利かせながらエーゼルーシュの答えを待つ


「そうだ……我々でなければピーヌスをあつめることが出来ぬからな」

「……」


すでにシワが寄っている眉間に更なるシワを寄せてため息をついたクラスタスは落胆と怒りを表した顔を隠すように既に被っている制帽を深々と下げる


「『共同作業』の要望、か…」


言葉では要望と表しているがその実態は要求といったほうが近い

『真珠の五界』のひとつである『珊瑚世界』もとい『魔界』の悪魔は人間たちが住む同じ五界の『瑠璃世界』と比べると100年前の戦いの影響で絶対的な数の差と文明の差に違いがあり、今や国力として格上のCICとの同盟という名のパイプがあるおかげで何とか文明面で追いすがることができている状況を保っている

名目上は対等な立場と銘打ってはいるものの悪魔達の認識では、国力の規模の違いと『魔界』における多数を占める保守派の対応によって属国に近い感覚となっているのが現状である


しかし、全ての悪魔が保守派というわけではなく、一部は過激派と呼ばれる派閥があり、その派閥に属する殆どが魔界が最も繁栄し、100年前のバルド・ジークフリートが支配していた時代を知る悪魔達の一部で構成されているクラスタス率いる派閥だ

そんな彼にとってカンパニー産業国との共同作業という名目の要求は余り快いものではなく、日々の苛立ちを加速させるものでしかなかった


「王はいつまでこの状況に甘んじるおつもりですか?
我々とCIC、『三平条約』で繋がっている間柄とはいえ、すでにその一部が崩れつつあるのですよ」


『三平条約』ーーー
通常『平等平定平手条約』は、戦いによって悪化していた関係をリセットする為、およそ50年前に対等を謳ったCICと魔界の条約である


「少なくとも経済力が安定するまでは、この状況を保ち続けるつもりだ」

「またその答えですか…いつまで経っても考えはお変わりになられないのですね…」


言っても無駄かと、そう心の中で呟いたクラスタスはエーゼルーシュから踵を返す


「経済的な国力も大事ですが、その状態のまま五十年ーー
此処にいる殆どが長い年月で戦いを忘れた臆病者の悪魔、昔の強い力を知らない愚かな若い悪魔が増え続けるこの状況の中、我々は最早CICに舐められて当たり前の存在になりつつあるのですよ」

「……」

「早い内に本物の力を見せつけてやらねば、この状況を打開することは愚か、奴らの都合で滅ぼされることにもなりかねませんよ?
所詮悪魔と人間は種族という壁で隔てられた『敵同士』なのですから」


分かり合いの余地は無いーーー情けをかける必要もないと

男はまだ見ぬ、そしていつか現れるであろう敵を見据えながら内なる憤怒を抱えてその場からゆっくりと姿を後にした

その後、姿を目で追っていたエーゼルーシュはクラスタスが見えなくなるとため息をついて、その視線を眼前の青空へと戻す


「『敵同士』…か、悪魔と人間の混血が多くなったこのご時世でそう思うのは我々悪魔側の認識が生み出した幻想だ…
いつまでも過去にこだわっていてはシェリーゼやアクドリルの二の舞となるぞ、クラスタスよ…」