「いや、あいつ自身はピーヌスを操っていたって言っていたと思うし…町を破壊するって脅しすら言ってきたから行き違いではない筈だけど」
「あ、あぁそうだっけか…」
ラクナの報告に驚きはしたものの、セレーラルは話についていけず困惑しているゼオンと違って、時間をかけて幾分か冷静さを取り戻しており、記憶を一つ一つ思い出しながら何とか言葉を紡いでいく
しかし、セレーラル自身もあのときは相手の出方に注意力を注ぎ過ぎていた為、何を喋っていたかは鮮明には思い出せていない
「でも、私たちを見逃したし、町は殆ど壊されてない筈だし、死者は一人も出なかったところが、あの悪魔が町の人を助けたっていう可能性があるみたいだし…何より…」
『力あるジークフリートを知る者だ』という悪魔の台詞とジークフリートの血族にしか使えない筈の『神器霊核』を使用していた記憶が、セレーラルの頭の中で木霊していた
あの悪魔は何者なのかと、目的は何だったのかと
「それで、他に上級悪魔の情報は?」
もしかしたらあの悪魔は何かしらの理由があって自分達に嘘をついていたとのかもしれない
自分たちが遭遇したピーヌスを操っていたのは他の上級悪魔である可能性を考慮して、ラクナに質問を投げるセレーラルだったが
その問いに対して、彼は首を横に振った
「そういう情報は聞いていない、目撃されたピーヌス以外の悪魔はあの紫髪の悪魔だけだった…」
「そう…」
思い悩むセレーラルの傍、ゼオンとアーシェリは頭を抱えながら全く話についていけない状態になっていて
マレーシャに至っては鉄仮面を装った顔で、敵なら倒すだけだという気持ちだけを強く胸をに秘めながら黙って思考放棄していた
「君たちの疑問も分かるよー…現れた上級悪魔らしき存在はその悪魔だけらしいから…ピーヌスを倒したことに関しても、近隣住民の一部では悪魔の自作自演なんじゃないかって…疑念の声が上がっているからね…」
「自作自演にしても行動に一貫性を感じないけど……」
ラクナがそういった考えを持っている者もいたという捕捉の説明をすると、ついにセレーラルも何が何だか分からなくなっていた
「その辺も踏まえて、あの任務で何があったのか一度、君たちの話を聞かせてもらえてないかな…?」
顔を少し前倒しにして話を聞く姿勢をとったラクナを前に一同は困惑した面持ちを残しながら頷く
それにゼオン達からもラクナに一つだけ聞きたいことがあった
「オレからも後で司令に調べてほしいことがあるんだけど…」
「その悪魔の正体かな?」
「まあね」
ゼオン達があの森の麓で戦ったあの悪魔ーー
『神器霊核』を使った悪魔の正体は先祖のスタードか、その兄のルーシェスなのか、その手がかりを掴めば力を誇示していたあの悪魔がこれから何をしようとしているのか分かるかもしれないとーーー
ゼオンには予感があった
何が目的かは知らないが、平和を忌み嫌い、それを壊すという発言をした悪魔がとんでもないことを起こそうとしていることを
そして、二度と負けない為に自分達はもっと強くならなくてはならないと再び決意を胸に抱くのだった
そして、時を同じくして
まだ太陽が空から光りが降り注いでいる昼中、その光が一切遮断された部屋の中心部で、純白な少女の前に一つの映像が映し出されていた
なんの気韻も、そして風情も感じさせない無骨なコンクリートの壁に覆われているからだろうか、その映像の前に立ち、反射する青い光に晒された少女の姿が煌びやかさをより一層引き立たせる
膝下まである白く透き通ったフリル付きのワンピース
薔薇のアクセサリーを装飾した前髪に足元まで伸びた銀髪のツインテール
露出された背中から生えた二翼の白い翼
そして左目が眼帯をつけて右目に燃えるような赤い眼をしている天使ーーー
ゼオンが昨夜見かけたあの天使が、思い詰めるように、隣に佇む長髪の男が持つ杖によって映し出された映像を見続けていた
映像に映し出されているのは、人々を襲うピーヌスをねじ伏せる黒くねじれた角をもつ紫髪のあの悪魔の姿
その姿が映し続けるごとに天使の表情はみるみる険しさを増し、その赤い瞳の色が彼女の感情を表すように濃くなっていく
まるで、倒すべき敵を見据えるように
やがて映像が途切れると何かを決意するかのように天使ーーー
マーリア・サヴェッジは呟いた
「……ジークフリート…」
とーーー